CINÉMONO(シネモノガタリ)第二十六話「シークレット・サンシャイン」

Anna(アンナ)コーディネート
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CINÉMONO(シネモノガタリ)第二十六話「シークレット・サンシャイン」
CINÉMONO(シネモノガタリ)第二十六話「シークレット・サンシャイン」

 朝、風にわずかな冷たさが混じり、街路樹の葉が色づきはじめていた。アンナは町の音を録って歩いていた。市場で野菜を並べる音、石畳を転がる自転車の車輪、窓から漏れるラジオ。音を集めていると、見慣れた風景のなかに、昨日までは気づかなかったものが見つかる気がした。

 町外れには、小さな映画館があった。看板の文字も薄れ、上映される映画も少なくなったが、アンナは通るたびに足を止めた。以前、そこで観た映画を思い出すからだ。『シークレット・サンシャイン』。観終わったあと、彼女はしばらく席を立てなかった。人はどうして、失ったものを失ったまま生きていかなければならないのだろう。世界は平然と明るく、明日の予定を立て、食事をし、笑い声を響かせている。

 その疑問に答えはなかった。アンナ自身、誰かに説明できるほどの悲しみを抱えていたわけではない。ただ、ある日を境に、聞こえていたはずの音が遠くなった気がしていた。友人の話し声も、食卓の何気ない言葉も、窓の外の雨音も、薄いガラスを隔てた向こう側にあるようだった。だから彼女は録音を始めた。音を残すためというより、自分がまだ世界のこちら側にいることを確かめるために。

 アンナは川沿いの草むらで録音機を構えた。草を撫でる風、橋を渡る車の振動、水面に落ちる小さな枝。ヘッドフォンのなかでは、それらがひとつずつ輪郭を持ち、重なり合っていた。彼女は目を閉じた。遠くで子どもが笑っている。誰かが名前を呼び、返事があり、静けさが戻ってくる。どれもありふれた音だった。けれど、それがこんなにも不思議なことだとは知らなかった。

 録音を止めると、川の向こうに白い建物が見えた。朝の光が窓に反射し、彼女の目に届いた。アンナは思わず顔を背けた。光は何も知らない。誰かが眠れない夜を過ごしたことも、昨日まで信じていたものが突然信じられなくなる瞬間も。光はただ、そこにある。それでも彼女は、もう一度そちらを見た。世界が何も知らないことと、何も残されていないことは、同じではないのかもしれなかった。

 夜、部屋に戻ったアンナは、録音した音を再生した。風の向こうに、かすかな笑い声が聞こえた。音は小さく、すぐに雑音に溶けてしまった。彼女は巻き戻さず、最後まで聴いた。それから窓を開けた。遠くを走る車、階下で閉まる扉、どこかの部屋から聞こえる食器の音。町はまだ、明日へ向かって動いていた。アンナは録音機の電源を切り、暗闇のなかに座っていた。何も解決していなかった。それでも今夜、彼女には世界の音が聞こえていた。

▼ この物語に登場する映画
『シークレット・サンシャイン』(2007年/監督:イ・チャンドン)

※ 現実にある出来事や映画、モノゴトから生まれた架空の物語です。物語とともに、お店の世界観や登場人物たちのコーディネートもあわせてお楽しみください。

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