CINÉMONO(シネモノガタリ)第二十五話「関心領域」

Anna(アンナ)コーディネート
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CINÉMONO(シネモノガタリ)第二十五話「関心領域」
CINÉMONO(シネモノガタリ)第二十五話「関心領域」

 小雨が降ってきた。アンナは歩みを少し緩め、コートのフードをかぶった。軍用のスノーパーカを思わせる大きなフードが、顔のまわりをすっぽりと覆う。「これ、かぶるとずいぶん視界が狭くなるね」アンナが言うと、隣を歩くリュカは空を見上げた。

 フードをかぶる前、アンナは街のいろいろなものを無意識に見ていた。向こうから歩いてくる人、店先で立ち止まる人、信号を待つ人、窓の向こうにいる誰か。知ろうとしていたわけではない。ただ、目に入っていた。関係のない人たちの生活が、街の風景の一部としてそこにあった。

 けれどフードをかぶると、それらが急に遠くなった。顔を少し上げなければ、前しか見えない。道の向こう側も、店の中も、横を通り過ぎる人の表情も見えない。雨を避けるだけなのに、世界のほうが少し小さくなった。そして不思議なことに、見えなくなったものは、すぐに気にならなくなった。

 以前、『関心領域』という映画を観た。壁の向こう側をほとんど映さず、こちら側の日常だけを淡々と映していく。聞こえてくる音や、画面の端に残る煙や光。それらが、映っていないものの存在をむしろ強く感じさせていた。アンナは、その映画が「見せない」ことで何を見せようとしたのか、よく覚えていた。

 フードをかぶってから、アンナはどこか落ち着かなかった。見えなくなることより、見えなくなったことを気にしなくなっている自分が、少し怖かった。映画では、カメラが映す範囲を選んでいた。今は、自分自身がそれをやっている。「関心って、こんなに簡単に狭くなるんだね」とアンナが言うと、リュカはフードをかぶらないまま歩いていた。「この程度の小雨なら、濡れることより、視界が狭くなるほうが怖いよ」と答えた。

 アンナはリュカを見た。リュカの視界には、さっきまで自分にも見えていたものが残っている。道の向こうを走る自転車、軒先で雨宿りをする人、店の奥で誰かと話している人。どれも自分には関係のないことだ。それでも、見えている。見えなくなったものを気にしなくなることと、最初から関心を持たないことのあいだに、どれほどの違いがあるのだろう。

 関心が薄れてしまうくらいなら、多少の雨に打たれるほうを選ぶ。アンナはフードを後ろに戻した。雨が頬を濡らす。街がまた広がり、さっきまで見えていなかった人たちの姿が戻ってくる。アンナは歩きながら思った。見えないことより怖いのは、見えなくても平気になることなのだと。

▼ この物語に登場する映画
『関心領域』(2023年/監督:ジョナサン・グレイザー)

※ 現実にある出来事や映画、モノゴトから生まれた架空の物語です。物語とともに、お店の世界観や登場人物たちのコーディネートもあわせてお楽しみください。

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