CINÉMONO(シネモノガタリ)第十六話「インランド・エンパイア」

CINÉMONO(シネモノガタリ)第十六話「インランド・エンパイア」

 「どっちがいいと思う?」

 寝室から出てきたアンナは、白いワンピースの裾をつまんで、鏡の前でくるりと回った。窓から入る朝の光が白い布にやわらかく落ちている。今日は爽やかな格好で出かけたい。そう思って選んだはずなのに、ベッドの上にはもう一着、チャコールのワンピースが広げてあった。リュカは、黙ってギターを弾いていた。

 アンナはチャコールに着替え、スニーカーを履いた。さっきまでとはずいぶん雰囲気が違う。チャコールなら、今日はたくさん歩けそうだった。店をいくつか回ったあと、気が向けば知らない道にも入ってみたい。白なら爽やかに、チャコールならアクティブに。どちらも今朝の気分だった。「どう?」アンナはもう一度尋ねた。リュカはギターを置いて、アンナの方に視線を向けた。

 リュカは、首を傾げたまましばらく黙っていた。「キャップも似合いそうだね」。アンナも膝を打った。「白を着たアンナとチャコールを着たアンナが、それぞれ別の場所に出かけていきそう」。アンナは鏡越しに振り返った。「「昨日『インランド・エンパイア』を観たせいかな」。それ以上、リュカは説明しなかった。

 アンナは少し考えた。もし本当に自分が同時に二人に分身できるなら、夕方に待ち合わせをして、お互いに何をしていたか聞いてみたい。「でも、二人に分かれたら、リュカは困るよね」「たぶん」。少し考えてから、リュカは言った。「どっちと出かけるか決めないといけないから」。アンナは笑った。「それが一番困るんだ」。

 それから少しして、アンナは白いワンピースに着替えた。ベージュのキャップをかぶり、スニーカーを履く。鏡を見ると、朝の爽やかさと、どこまでも歩きたくなる気分が、不思議とうまく同じ場所にあった。「決めた?」と玄関からリュカが聞く。「うん。白で行く。でも、いっぱい歩く」。リュカは笑った。

 外は少し風があった。アンナはベージュのキャップのつばを押さえ、白いワンピースの裾を揺らしながら歩き出す。「で、どこ行くの?」とリュカが聞いた。「決めてない」。

 今日は、決めないまま出かけることにした。どこまで歩くのかも、何をするのかも、まだわからない。ただ、白いワンピースにベージュのキャップとスニーカーという格好だけは決まっている。それだけで十分な気がした。

 リュカは、いつもと変わらない装いだった。何の迷いもなく、いつもと同じ。その揺るがなさが、気分のまま歩き出すアンナには、なぜか心地よかった。

▼ この物語に登場する映画
『インランド・エンパイア』(2006年/監督:デビッド・リンチ)

※ 現実にある出来事や映画、モノゴトから生まれた架空の物語です。物語とともに、お店の世界観や登場人物たちのコーディネートもあわせてお楽しみください。

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Anna(アンナ)コーディネート
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