何気ない日常がかけがえのない宝物で、同じことの繰り返しは退屈なんかじゃない。それを教えてくれて、今日で丸5年。
吾輩は猫である。名はトキオ。
かつては野良猫として自由気ままに暮らしておった。然るに、庭にて用を足した折には、人間どもが眉をひそめ、不機嫌を露わにするので、こちらとしては理解に苦しんだものである。勝手に草木を植え、それが枯れようとも一向に気にせず「ガーデニング」などと称するのが人間という生き物らしい。我々猫族の方がよほど植物の心を知っておると思うが、どうやらそれを伝える言葉は人間界には存在せぬようだ。
時は2021年5月、突如として二匹の人間と暮らすこととなった。これがまた奇妙な生き物で、吾輩が用を足すたびに歓喜の声を上げる。朝なれば目覚めるや否や撫で回され、気まぐれに吾輩が噛んでも、怒るどころか笑っておる。これは一体何の儀式であろうか。しかも日に百度は「トキオ、トキオ」と呼びかけてくる。あまりにも執拗ゆえ、正直うんざりしておる。
猫を愛でる人間たちは、「2」を「ニャー」と読む奇習があるようで、2が二つ並んだだけで「ニャーニャー」と歓声を上げて喜ぶ。誠に不可解な風習である。そればかりか、「記念」とやらの名目で、吾輩たち野良猫の姿を写したTシャツを作る始末である。いかにも人間らしい自己満足の産物であろう。
されど、野良猫の手はGreen Fingers。草木と寄り添い生きる術を、吾輩は知っておる。「ニャーニャー記念」なる奇妙な祭りに寄せて、吾輩は静かに時を生きる。