CINÉMONO(シネモノガタリ)第七話「42」

CINÉMONO(シネモノガタリ)第七話「42」

 リュカが先にコーヒーショップへ着いたのは、待ち合わせより少し早かった。店主もそこにいて、近況や店のことなど、とりとめのない話をしていた。店主はこのコーヒーショップの人間ではない。別の店を営んでいるが、こうしてリュカとコーヒーを飲むこともあった。「アンナは少し遅れるみたい」とリュカ。店主は窓の外を眺めながら、「待つ時間も悪くないね」と笑った。

 しばらくして、扉が開いた。アンナが笑顔で入ってきた。黒のベースボールキャップを被り、前頭部にはシンプルな「B」のロゴ。「遅くなってごめん」と言いながら、リュカの腕を掴んだ。店主が「その帽子、いいね」と声をかけると、アンナはつばに触れて笑った。するとリュカが、「Bか。ブルックリン・ドジャースだね」と言った。

 その名前を聞いて、店主は少し身を乗り出した。ジャッキー・ロビンソンがブルックリン・ドジャースでプレーし、メジャーリーグの歴史を変えたこと。リュカは映画『42』を観たことがあるかとアンナに尋ねた。店主も会話に加わりながら、ロビンソンがグラウンドだけでなく、社会そのものと闘っていた時代を思った。

 昼が近づき、三人はそのままランチをすることにした。席を探していると、一人の黒人男性が「ここ、空いてるよ」と声をかけた。三人は礼を言い、そのテーブルを囲んだ。男性も昼休みらしく、サンドイッチを片手にコーヒーを飲んでいた。さっきまでジャッキー・ロビンソンの話をしていたせいか、自然と「B」の帽子に目が向いた。  「ブルックリン?」と男性がアンナに尋ねた。アンナが頷くと、男性は少年時代に父親と球場へ行った思い出を話した。リュカは『42』の話を持ち出した。そこから話は野球だけでなく、ニューヨークの街、好きな音楽、仕事、休日の過ごし方へと広がった。店主も笑いながら会話に加わった。知らない人同士だったはずなのに、いつの間にか同じテーブルで昼を過ごしていた。

 窓の外では、さまざまな人が行き交っている。店主は、かつて暮らしたアパートを思い出していた。ツインタワーの近くで暮らしていたあの頃も、違う言葉や文化、肌の色を持つ人たちが、同じ街で一日を過ごしていた。「B」はブルックリン・ドジャースの記憶であり、ジャッキー・ロビンソンの物語でもある。そして今日は、アンナの帽子が会話を生み、偶然出会った男性と同じテーブルを囲むきっかけになった。店主は冷めかけたコーヒーをひと口飲んだ。人は違っていい。むしろ、違うから面白い。

▼ この物語に登場する映画
『42 〜世界を変えた男〜』(2013年/監督:ブライアン・ヘルゲランド)

※ 現実にある出来事や映画、モノゴトから生まれた架空の物語です。物語とともに、お店の世界観や登場人物たちのコーディネートもあわせてお楽しみください。

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