CINÉMONO vol.14
シネモノガタリ 2 September 2026
マルタのやさしい刺繍
(キキ)ワンピース/
Fog Linen Work
(タッド)シャツ・パンツ/
Sassafras
(小道具)植木鉢/
Arabia、マグカップ/
Akihiro Woodworks
映画を観終えたあと、アンナはしばらく黙っていた。『マルタのやさしい刺繍』のマルタは、年齢に遠慮することなく、自分の人生をもう一度、自分の手で縫い直していく。テーブルの上の糸巻きを指先で転がしながら、アンナはふいに言った。「私ね、いくつになっても可愛いおばあちゃんになりたいの」
「アンナらしいね」とリュカは笑った。「好きな服を着て、花でも育てて?」アンナは首を振った。「それだけじゃないの。ちゃんとご機嫌でいたいの。誰かが来たらお茶を淹れて、一人の日には一人の時間を楽しむ。年を取ったからって、好きなものを諦めないおばあちゃん」
「じゃあ、アンナの憧れはマルタ?」とリュカが尋ねると、アンナは少し考えた。「マルタも好き。でも、憧れはキキかな」「農夫のタッドのパートナーで、芸術家のアリス。みんなからはキキって呼ばれてるの。いつも陽気で開放的で、自由な空気を連れてくる人」
その名前の向こうには、1920年代初頭のパリがあった。藤田嗣治やマン・レイ、モイズ・キスリングたちが集ったモンパルナス。多くの芸術家のモデルとなり、歌い、演じ、描いた女性。その由来はアリス・プラン、「モンパルナスのキキ」と呼ばれた人だった。「女王になりたいわけじゃないけどね」とアンナは笑う。「自由に生きて、年を取っても可愛くいたいの」
今度はアンナが尋ねた。「じゃあ、リュカは?」リュカは少し考えてから、「タッドかな」と言った。「博識なのに、自慢しない。誰かといても、一人でいても、ご機嫌に過ごせる。静かだけど退屈じゃない。そういう人になりたい」アンナはうなずいた。「キキとタッド。ずいぶん違う二人ね」
「でも、案外似てるのかも」とリュカは言った。「どちらも、自分の人生をちゃんと生きている」その言葉に、アンナはマルタを思い出した。針と糸を手に取り、人生の終わりではなく、その先を縫い始めた女性。憧れとは、誰かになることではないのかもしれない。好きな人たちの生き方を、自分の中に少しずつ住まわせることなのだ。
「私の中にはキキとマルタがいる」とアンナは言った。「じゃあ僕の中にはタッドがいる」とリュカが答える。「いいじゃない。にぎやかなアンナと、静かなリュカ」窓の外では夕方の光が薄くなっていた。アンナは古い布を手に取った。「何を縫うの?」「まだわからない。でも、これからのことよ」そう言った横顔を見ながら、リュカは思った。アンナはきっと、世界でいちばん可愛いおばあちゃんになるのだろう。
※ 現実をもとにした架空の物語です。アンナとリュカは、今日もオンラインショップのどこかで活動しています。
Anna(アンナ)
43歳/160cm/56kg/脚本家/京都在住
インドからイギリスへ移住した祖父とポーランド人の祖母を持つ母と、日本人の父との間に生まれる。京都を拠点に脚本を書きながら、ドキュメンタリーや短編映像、ミュージックビデオなどの制作にも携わっている。人や街の何気ない瞬間を捉えることが好きで、特別な出来事よりも、日常の中にある光や音、表情に惹かれる。脚本を書くときには、物語だけでなく、その場の空気や映像まで自然と思い浮かべているという。流行よりも、ベーシックなものを長く愛用しており、自分の生活に自然と馴染むものを好む。京都で暮らすようになってから、撮影モデルとしてLIFETIMEに通うのが日課になっている。
Lucas(リュカ)
41歳/172cm/65kg/音楽家/京都在住
モロッコからフランスへ移住した祖母とフランス人の祖父を持つ父と、日本人の母との間に生まれる。京都で暮らしながら、ロック、テクノ、ジャズを融合させた環境音楽を制作している。音楽家としての活動はインターネット上に限られ、匿名のアーティスト名義で作品を発表している。海外にも熱心なリスナーがいるが、実際に彼の正体を知る人はほとんどいない。普段は穏やかで物静か。1950年代から1970年代に生まれたものや、その時代の空気を感じさせるものに惹かれる。服だけでなく、家具や道具、音楽に至るまで、そこに残る時代の匂いや佇まいを好む。制作の合間にLIFETIMEへ撮影モデルとして通っている。