CINÉMONO vol.11
シネモノガタリ 26 August 2026
パラサイト半地下の家族
(アンナ)ワンピース/
Fog Linen Work、ヘアバンド/
Decho、エアフレッシュミスト/
Fragrance Cafe
(リュカ)シャツ・パンツ/
Allinone
リュカが髪を切る日、アンナは予約の一時間前に、ウエストヴィレッジのいつものバーバーへ行く。通りから数段下がった半地下の古い建物で、入口には壁一面のレコード棚と、年季の入ったソファがある。店主は昼は理髪師、夜はジャズマン。好きなレコードを自由に聴けるこの店で、アンナはいつも先に着き、ソファでリュカを待つ。
その日、アンナは一人でレコードを聴いていた。すると、愛猫トキオが膝に乗ってきた。また丸くなり、やがて眠ってしまう。アンナは動かず、その重みを感じながら、レコードの音に耳を傾けていた。店には、外とは少し違う時間が流れていた。
この店には独特の匂いがある。木や石、湿った地下の空気、ポマード、シェービングクリーム、長い年月に染み込んだ煙草の気配。店主は客に申し訳ないからと、入口にフレグランス消臭スプレーを置いている。けれど二人は使わなかった。この匂いも含めて、この店が好きだった。
やがて入口のドアが開き、リュカが階段を下りてきた。外は三十五度を超えている。シャツの袖をまくり、額の汗を拭いながら、入口で立ち止まった。膝の上で猫が眠っているのを見つけ、少し笑う。アンナも顔を上げた。今日は暑さだけが違っていた。
アンナは入口のスプレーを手に取った。普段なら使わない。でも、汗を拭うリュカを見て、今日はひと吹きしておこうと思った。甘い香りが広がり、古い建物の匂いが少し遠のく。リュカは何も言わず、汗を拭いたハンカチをポケットにしまった。トキオだけが眠り続けていた。
その甘い香りが古い空気に重なったとき、二人は映画『パラサイト半地下の家族』を思い出した。あの映画では、匂いが人と人との境界を静かに示していた。半地下の湿気や、洗っても消えない身体の匂い。それは目には見えないのに、その人がどこにいるのかを伝えてしまう。この店も半地下だった。ただ、ここでは匂いは誰かを隔てず、古い建物と整髪料と音楽が混ざった、この場所の記憶だった。
レコードの音が続いていた。アンナの膝ではトキオが眠り、リュカは汗の引いた顔で、次は何を聴こうかとレコード棚を探る。外はまだ熱気に包まれている。店の中には、さっきのフレグランスが残っていた。それも薄れ、木と石とポマードの匂いが戻ってくる。アンナはそれを感じながら、ここでは何かを消す必要はないのだと思った。古い匂いも今日の汗も、ジャズも、猫の寝息も。全部が混ざって、この半地下の一日になっていた。
そのとき、奥から店主の声がした。「お待たせ、リュカ」
※ 現実をもとにした架空の物語です。アンナとリュカは、今日もオンラインショップのどこかで活動しています。
Anna(アンナ)
43歳/160cm/56kg/脚本家/京都在住
インドからイギリスへ移住した祖父とポーランド人の祖母を持つ母と、日本人の父との間に生まれる。京都を拠点に脚本を書きながら、ドキュメンタリーや短編映像、ミュージックビデオなどの制作にも携わっている。人や街の何気ない瞬間を捉えることが好きで、特別な出来事よりも、日常の中にある光や音、表情に惹かれる。脚本を書くときには、物語だけでなく、その場の空気や映像まで自然と思い浮かべているという。流行よりも、ベーシックなものを長く愛用しており、自分の生活に自然と馴染むものを好む。京都で暮らすようになってから、撮影モデルとしてLIFETIMEに通うのが日課になっている。
Lucas(リュカ)
41歳/172cm/65kg/音楽家/京都在住
モロッコからフランスへ移住した祖母とフランス人の祖父を持つ父と、日本人の母との間に生まれる。京都で暮らしながら、ロック、テクノ、ジャズを融合させた環境音楽を制作している。音楽家としての活動はインターネット上に限られ、匿名のアーティスト名義で作品を発表している。海外にも熱心なリスナーがいるが、実際に彼の正体を知る人はほとんどいない。普段は穏やかで物静か。1950年代から1970年代に生まれたものや、その時代の空気を感じさせるものに惹かれる。服だけでなく、家具や道具、音楽に至るまで、そこに残る時代の匂いや佇まいを好む。制作の合間にLIFETIMEへ撮影モデルとして通っている。