CINÉMONO vol.10
シネモノガタリ 24 August 2026
ブルーに生まれついて
(リュカ)
ジャケット・パンツ・帽子/
Allinone
鉢カバー/
Works&Labo.
リュカが音楽制作を再開したのは、店主からお店で流すBGMをつくってほしい、と頼まれたことがきっかけだった。店のイメージを音に置き換えてほしい、という依頼ではなかった。むしろ逆だった。店が何かを主張するための音ではなく、そこにいる人が気づかないほど自然に、商品が背負ってきた時間や土地の匂いが漂う音。それが店主が必要とするBGMだった。
訳もなく居心地がいい。気づけば店内の空気が少し深くなっている。古い道具を手に取ったとき、その傷や錆の向こう側にある暮らしを想像したくなる。服を試着すれば、その服がつくられた時代の風景がどこからともなく立ち上がってくる。そんなふうに、音楽そのものが前に出るのではなく、商品が語り始める瞬間をそっと引き出す。それが店内に流れる音の役割だった。
リュカは映画『ブルーに生まれついて』を何度も思い出した。描かれているのは、チェット・ベイカーの1960年代後半、どん底からの再生と、そのために支払う代償だった。甘く、柔らかなトランペットの音とは裏腹に、依存症から逃れきれないひとりの人間の業が映し出されている。幸せになるためではなく、哀愁そのものを音にするために生まれてきてしまったような、あまりにも皮肉な運命だった。
音を奏でるのは、いつも夜明けの少しあとだった。太陽が昇り、けれど街はまだ完全には目を覚ましていない。遠くを走る車の音、鳥の囀りが、ひとつずつ朝の輪郭をつくっていく時間。リュカは窓辺の植物に水をやり、それからギターに触れた。誰かに聴かせるためではなく、その日の最初の空気を確かめるように、ひとつの音を置いた。
そして、いつもの服に着替える。製品名に掲げられた「レイドバック」は、チェット・ベイカーを見出したチャーリー・パーカーの代名詞でもある。力を抜くこと。急がないこと。音が鳴る前の時間まで含めて、音楽にすること。リュカはその言葉を思いながら、またひとつ音を重ねた。
その日に奏でた音は、やがて店内で流れ始めた。誰かが立ち止まって「この曲は何だろう」と尋ねることは、ほとんどない。それでいい、とリュカは思う。古いもの、新しいもの、土地の記憶、誰かの手の跡。そのすべての背景に、名前のない音が気づかないほど遠くで鳴りながら、ふと商品に触れた瞬間だけ、過ぎてきた時間が語り始める。
そんな朝を、リュカは淡々と繰り返している。窓辺の植物はいつの間にか背を伸ばし、葉を増やしていた。
※ 現実をもとにした架空の物語です。アンナとリュカは、今日もオンラインショップのどこかで活動しています。
Anna(アンナ)
43歳/160cm/56kg/脚本家/京都在住
インドからイギリスへ移住した祖父とポーランド人の祖母を持つ母と、日本人の父との間に生まれる。京都を拠点に脚本を書きながら、ドキュメンタリーや短編映像、ミュージックビデオなどの制作にも携わっている。人や街の何気ない瞬間を捉えることが好きで、特別な出来事よりも、日常の中にある光や音、表情に惹かれる。脚本を書くときには、物語だけでなく、その場の空気や映像まで自然と思い浮かべているという。流行よりも、ベーシックなものを長く愛用しており、自分の生活に自然と馴染むものを好む。京都で暮らすようになってから、撮影モデルとしてLIFETIMEに通うのが日課になっている。
Lucas(リュカ)
41歳/172cm/65kg/音楽家/京都在住
モロッコからフランスへ移住した祖母とフランス人の祖父を持つ父と、日本人の母との間に生まれる。京都で暮らしながら、ロック、テクノ、ジャズを融合させた環境音楽を制作している。音楽家としての活動はインターネット上に限られ、匿名のアーティスト名義で作品を発表している。海外にも熱心なリスナーがいるが、実際に彼の正体を知る人はほとんどいない。普段は穏やかで物静か。1950年代から1970年代に生まれたものや、その時代の空気を感じさせるものに惹かれる。服だけでなく、家具や道具、音楽に至るまで、そこに残る時代の匂いや佇まいを好む。制作の合間にLIFETIMEへ撮影モデルとして通っている。