CINÉMONO vol.5
シネモノガタリ 19 August 2026
ギルバート・グレイプ
(アンナ)帽子/
Decho、シャツ/
Allinone、パンツ/
Senelier、靴下/
Mauna Kea
アンナにとって、永遠の憧れは映画『ギルバート・グレイプ』のベッキーである。ジュリエット・ルイスが演じる、少年のような短い髪と無造作な服装。自由奔放なのに、傷ついた人のそばでは不思議なくらい優しくなる。誰かの痛みにそっと寄り添える深い優しさと、その矛盾した強さに、アンナはずっと憧れていた。
その日、モデル撮影のためお店を訪れたアンナは、ラックを眺めながら店主に言った。「ベッキーみたいな服、ないの?」店主はラックを見回した。「ピンクのストライプのサッカー地のシャツはないな。柄のワンピースもない。でも、白いバケットハットならあるよ」アンナはそれを被り、鏡の中の自分を見た。ほんの少し、ベッキーに近づいた気がした。
「そういえばさ」と店主が言った。「この映画、私が十代で生まれ育った町を出て、二十歳で海外に出るきっかけになった映画の一つなんだよ」アンナは「へえ、そうだったんだ」と頷いた。何か確かなものがあったわけではない。ただ、知らない場所へ行ってみたかった。ベッキーもまた、どこかへ向かう途中の人だったのだと思った。
店を出ると、アンナは白いバケットハットを被り、クラシックコミューターバイクにまたがった。この自転車を買ったのも、もちろんベッキーが乗っていたからだ。映画の中のトレーラーまで欲しいと思ったこともある。でも、さすがにそこまでは買えない。ベッキーは、それくらいアンナの生活の中に入り込んでいた。
昼の河川敷は、夏の光で白く霞んでいた。風が帽子のつばを揺らす。アンナはペダルを踏みながら、目的地も決めずに走った。ベッキーなら、きっとこんなふうに走る。何かを探すのではなく、何かに出会うために。
ふと、アンナは思った。欲しかったのは、ベッキーと同じ服ではなかった。ピンクのストライプも、柄のワンピースも、本当はどうでもいい。憧れていたのは、その服の中にいる人だった。自由なのに冷たくない。自分の人生を生きながら、誰かの傷を見過ごさない。強さとは、ひとりで立ち続けることだけではなく、ときには誰かの隣に座れることなのかもしれない。ふと、リュカの姿が脳裏をよぎった。
アンナは河川敷を走り続けた。大きなポケットが付いている服があれば、バッグはいらない。ベッキーから受け取ったものは心の中にしまってある。自由でいること。知らない町へ出ていくこと。誰かの決めた道を歩かないこと。そして、自分の自由を守りながら、誰かの痛みに気づくこと。昼の強い光の中で、アンナは少し微笑んでいた。
※ 現実をもとにした架空の物語です。アンナとリュカは、今日もオンラインショップのどこかで活動しています。
Anna(アンナ)
43歳/160cm/56kg/脚本家/京都在住
インドからイギリスへ移住した祖父とポーランド人の祖母を持つ母と、日本人の父との間に生まれる。京都を拠点に脚本を書きながら、ドキュメンタリーや短編映像、ミュージックビデオなどの制作にも携わっている。人や街の何気ない瞬間を捉えることが好きで、特別な出来事よりも、日常の中にある光や音、表情に惹かれる。脚本を書くときには、物語だけでなく、その場の空気や映像まで自然と思い浮かべているという。流行よりも、ベーシックなものを長く愛用しており、自分の生活に自然と馴染むものを好む。京都で暮らすようになってから、撮影モデルとしてLIFETIMEに通うのが日課になっている。
Lucas(リュカ)
41歳/172cm/65kg/音楽家/京都在住
モロッコからフランスへ移住した祖母とフランス人の祖父を持つ父と、日本人の母との間に生まれる。京都で暮らしながら、ロック、テクノ、ジャズを融合させた環境音楽を制作している。音楽家としての活動はインターネット上に限られ、匿名のアーティスト名義で作品を発表している。海外にも熱心なリスナーがいるが、実際に彼の正体を知る人はほとんどいない。普段は穏やかで物静か。1950年代から1970年代に生まれたものや、その時代の空気を感じさせるものに惹かれる。服だけでなく、家具や道具、音楽に至るまで、そこに残る時代の匂いや佇まいを好む。制作の合間にLIFETIMEへ撮影モデルとして通っている。