いつかノコト vol.4
LIFETIME通信 18 August 2026
花様年華
(アンナ)ジャケット/
Allinone、カットソー/
Gorouta
(リュカ)ジャケット・パンツ/
Allinone
「花様年華みたいだね」アンナがそう言ったので、リュカは顔を上げた。「何が?」と聞くと、アンナは自分の着ているジャケットを見た。「このジャケット。好きだったのに、買うのを先延ばしにしてたんでしょう?」リュカは少し笑った。「よくわかったね」。「顔に書いてあるから」。アンナはそう言って笑った。
少し前、店主に「今年は作らないんだ」と言われた。毎年、同じ型で、生地だけを変えて作っていたジャケットだった。今年はどんな生地になるのだろうと楽しみにしていたし、来年も、その次の年も、きっと作られると思っていた。「いや、正確には、作りたくても作れないと言った方がいいかな」。店主はそう言った。「でも、また別の生地で作ればいいんじゃない?」とリュカが言うと、店主は首を振った。ただ、「ごめんね」とだけ言った。詳しい理由を聞くのは野暮な気がした。
アンナが着ているダック地のそれは、発売された頃とはずいぶん違っていた。袖には柔らかな皺が入り、肘やポケットの周りには、生地が擦れてできた濃淡がある。少しくたびれているのに、むしろそのことで美しくなっていた。「いい感じに育ったね」とリュカが言うと、アンナは袖を眺めた。「ずっと着てるから、よくわからない」。リュカには、その言葉が羨ましかった。発売当時の自分には、この服がこんなふうになることなど想像できなかった。
アンナはジャケットの大きなポケットからノートを取り出した。脚本を書くのだと言って、ペンを走らせ始めた。リュカはその横顔と、年月を重ねたジャケットを見ていた。もし、あのとき手にしていたら。自分も何年も着て、こんなふうに育てられたのだろうか。そう思うと、少し悔しかった。
けれど本当に悔しいのは、ジャケットを買えなかったことだけではないのかもしれない、とリュカは思った。「いつか」は、いつでも自分のところへやって来るものだと思っていた。だから、今でなくてもいいと思っていた。その考えを、誰にも知られたくなかった。日記にも書かなかった。それなのに、アンナの「顔に書いてあるから」という何気ない一言が、ずっと隠していたことまで見透かされたように、あとから胸に残った。
袖口の皺も、擦れた生地も、もう自分には手に入らない時間だった。ジャケットに花様年華があるとしたら。リュカは、もう作られることのないジャケットを想った。もしあのとき手にしていたら。そんな考えが、頭の中を何度も行き来した。アンナがノートにペンを走らせる音だけが聞こえていた。リュカは何も言わず、その音を聞きながら、背を向けた。
※ 現実をもとにした架空の物語です。アンナとリュカは、今日もオンラインショップのどこかで活動しています。
Anna(アンナ)
43歳/160cm/56kg/脚本家/京都在住
インドからイギリスへ移住した祖父とポーランド人の祖母を持つ母と、日本人の父との間に生まれる。京都を拠点に脚本を書きながら、ドキュメンタリーや短編映像、ミュージックビデオなどの制作にも携わっている。人や街の何気ない瞬間を捉えることが好きで、特別な出来事よりも、日常の中にある光や音、表情に惹かれる。脚本を書くときには、物語だけでなく、その場の空気や映像まで自然と思い浮かべているという。流行よりも、ベーシックなものを長く愛用しており、自分の生活に自然と馴染むものを好む。京都で暮らすようになってから、撮影モデルとしてLIFETIMEに通うのが日課になっている。
Lucas(リュカ)
41歳/172cm/65kg/音楽家/京都在住
モロッコからフランスへ移住した祖母とフランス人の祖父を持つ父と、日本人の母との間に生まれる。京都で暮らしながら、ロック、テクノ、ジャズを融合させた環境音楽を制作している。音楽家としての活動はインターネット上に限られ、匿名のアーティスト名義で作品を発表している。海外にも熱心なリスナーがいるが、実際に彼の正体を知る人はほとんどいない。普段は穏やかで物静か。1950年代から1970年代に生まれたものや、その時代の空気を感じさせるものに惹かれる。服だけでなく、家具や道具、音楽に至るまで、そこに残る時代の匂いや佇まいを好む。制作の合間にLIFETIMEへ撮影モデルとして通っている。