CINÉMONO(シネモノガタリ)第十三話「レナードの朝」

CINÉMONO(シネモノガタリ)第十三話「レナードの朝」

 「『レナードの朝』って、観たことある?」アンナが店の奥を見ながら言った。「眠っていた人が、ある朝、目を覚ます映画」リュカは頷いた。「目を覚ましても、眠っていた時間は戻ってこない。そこが、なんだか切ないんだよね」二人はそんな話をしながら、店の奥に飾られた一枚の写真の前に立った。写っているのは、店主の父親だった。

 「生きていたら、84歳なんだって」アンナが言う。リュカは写真をじっと見た。少し照れたような顔をしている。着ているのはササフラスだった。「これ、お父さんも着てたんだね」「ファッションには、ほとんど興味がなかったらしいよ」とリュカが笑う。それでも、息子の店で扱っている服を着ている。「きっと、嬉しかったんじゃない?」アンナが言った。リュカは微笑んだ。

 「店主さん、親父さんの家庭菜園を手伝ってたんだって。それが店を始めるきっかけになったらしいよ」リュカは写真の隅に写った園芸道具に目を留めた。たかが遊びの家庭菜園なのに、わざわざイギリスから取り寄せていたらしい。「ずいぶん凝ってたんだね」とアンナが笑う。リュカは写真の中の父親をもう一度見て、「あの店主らしいな」と言った。

 「亡くなって、七年だって」アンナが言った。リュカは写真から目を離さなかった。「親父さんには、何でも話してたって」店のこと、仕事のこと、これからのこと。大事な話だけではなく、どうでもいい話もしたのだろう。アンナは写真を見ながら、「そういう相手って、いなくなってから大きさがわかるのかもね」と呟いた。

 少しずつ写真に似てきてた。昔なら簡単だったことが、そうでもなくなってくる。自分ではどうにもならないことも増えてくる。そんなとき、親父なら、なんて言うかな、と。何かを教えてほしいわけではない。答えが欲しいわけでもない。ただ一度だけ、もう一度だけ、向かいに座って、昔みたいに他愛のない話でもしながら、時間を気にせずゆっくり話ができたら。そんなことを、ふと思う。

 窓の外が少しずつ明るくなっていた。「あの映画を観ると、朝って、ただ一日が始まるだけじゃないんだなって思う」アンナが言う。リュカは写真を振り返った。二人はしばらく、その写真の前にいた。朝の光が、少しずつ店の中に入り込んでくる。七年という時間は戻らない。それでも朝は来る。新しい一日が始まるたび、もう会えない人のことを思い出すこともある。もし、もう一度だけ話せる朝が来たなら、今度は急がない。話すことがなくなってもいい。ただ、そこにいて、ゆっくり話す。朝の光が穏やかな日だった。

▼ この物語に登場する映画
『レナードの朝』(1990年/監督:ペニー・マーシャル)

※ 現実にある出来事や映画、モノゴトから生まれた架空の物語です。物語とともに、お店の世界観や登場人物たちのコーディネートもあわせてお楽しみください。

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